異様に蒸し暑い京都から帰ってきたワシらを待ち受けていた・・・

  • 2012.07.16 Monday
  • 20:26
     
 京都は17日が祇園祭の山鉾巡行で、ソノ前の15日は宵山の真っ只中だったワケです。
 で、ワシら家族はそういうコトとは全く無関係に京都に集結しておりました。
 しかも、祇園祭のメッカ八坂神社の辺りに潜伏しておったのです。
 やさかはんドス。

 ワシらが集結した理由が祇園祭と関係なくても、祇園祭を目的とするアホみたいな数のソノ他の人たちが、アホみたいな暑さの京都に大集結しているであろうコトは想像していたのですが、そんな想像を軽く超えた日本人やらソウでない国籍がドコなのか分からない人やらで、とにかくグチャグチャに溢れかえっておりました。

 連休に宵山が重なったコトで、余計に大変なコトになっている京都に、祇園祭と関係なくオロオロしていたのは我々以外には・・・80人ほどだったのではないかと思われます。根拠はない。何となく。
 とにかく、ムードは高まっておりました。


 ワシはというと、「京都の夏は異様に蒸し暑い」というコトは学生時代に体感していて、よ〜く分かっているハズの暑さを軽く超えた暑さに(まわりクドイ)、日頃の運動不足が相まって、トロケておりました。消えかかっておりました。
 京都がいったい何度だったかは知りませんが、娑婆中が36℃やら37℃とか38℃と、平熱から発熱でグダ〜とするような体温と同じゾーンの大気の温度であったコトを参考に考えれば、ソウやねぇ・・・・・・・52〜3℃ほどだったのではないでしょうか。

 
 発作ではない、綿密に考えつくされた予定通りの今回の2日間のツアーは、北陸道を南へ、名神を西へ、近畿道を北へ、若狭道から北陸道を東へと、琵琶湖をグルッと巻くように円周したのでありました。
 とにかく、ドコへ行っても、クルマと人と蒸し暑さで、ワシは、ワシは・・・・・・肥ったままのミイラのようになったのでした。(分かるかなぁ〜、コノ感じ。ボテ〜としたままミイラになっている、コノ感じ。分からんと思います。分かってほしいとも思いません。ただ、肉体がとても矛盾した何かに支配され、細胞の一つ一つがしぼんだまま、されどデブの意地で膨らんでいる、ゆえに中身はスカスカという感じの状態だったのです。)

     
 そんなワケで、いつものツアー後の疲労とは比べモノにならないほど、疲れ果てて帰宅した我々をほんの少し元気づけたのが、固く閉じたまま成長せず、もうアカンかもしれんと思われていた本妻のほうの蕾が、留守の間に膨らみ色づいていたコトです。



コリャ明日にも咲くな。

 こうして、犬神家やら八墓村やら(違ったかな)・・・・横溝正史の大好物(か、ドーか知らんが)、妾の子と本妻の子の、というか本妻と妾の熾烈なドロドロの血みどろのグチャグチャの陰湿な闘いが始まるのだった。
 あ、よー考えたら「朝顔日記 2012亜廚笋諭∈Fのは。

 ・・・・・・・ホントに心底疲れたので、寝ます。
          
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