爐咾粥爾犬腓Δ賢瓩箸いμ樵亜 焚次

  • 2007.03.26 Monday
  • 20:55
                 ・・・まだ、余震が続くココより


 「なんか好きな画家とか、尊敬している人とか、そういうのいないの?そういうのヒントにするとか…」と亀者は言った。
 「とくにない。」とワタシは答えた。
 「・・・そう言えば、昔、ミレーが好きやったね。ワシは。」
 「・・・ミレーか。・・・日本人じゃないな。それに、オマエの描く世界と違い過ぎ。ムード違い過ぎ。」と機
 「けど、オレ外人の名前モジって芸名とかにするの好きやね。谷啓はダニー=ケイからパクッたし、益田喜頓はバスター=キートンだし・・・そういうの好き。」とワシ。(どれも古い)
 「・・・好きな漫画家とかは?」
 「とくにない。・・・・・ああっ!
  ほらっ!日露戦争の風刺漫画!中学の時、社会の教科書に載ってた!アレ!・・・アレ、好きッ!」
(何故この時唐突にアノ絵が浮かんだのだろうか・・・?今もって、とても不思議です。中学以来ズッとアタマにあったワケではないので・・・)
 「・・・ん?・・・はいはい、あったなぁ。・・・アレ、好きか!よし、名前は?画家の。」
 「知らん。」
 ええーっ!?・・・何やったかいなぁ。オレも思い出せん・・・ヨシッ!」

 と、言うが早いか気六拔匹慳瓩辰拭
 さすがというか、やっぱ新聞社。30分もしないうちにFAXが届き、電話が鳴った。

 「ジョルジュ=ビゴーというフランス人画家だわ。で、ジョルジュはフランス語で、英語だとジョージじゃない?いっしょジャン!」
 つまり気蓮崢士」=「ジョージ」=「ジョルジュ」であり、この偶然は偶然ではないのだ。フランス人にも英米人にも日本人にも共通している名前なんちゅうのは珍しいのだ。コレにするのだ。決まりなのだ。というような趣旨のコトをやや興奮しながらマクシタテタ。
 
 こういう偶然とクダランこじつけによって、かつ、日本人名らしくひっくり返して「びごーじょうじ」という名が誕生した。ワタシも何となくいいかなぁとも思いながら、谷啓や益田喜頓に比べて、そのまま過ぎないか?という一抹の残尿感を残しつつ、それでも、ひとまず「びごーじょうじ」に落ち着きました。
 後日、日本人名らしく適当な漢字を当てはめよう、互いに何か考えておこう、というコトでその日は解散。
 
 が、その後、誰もソレ以上考えようなどとは考えず、ソノ件は忘れ去られ、気がついたら、ネームの版下だけ印刷所に先に送られていたために(気らは後日漢字を連絡しますという指示はいっていたらしいが)、地方選挙短期集中連載記事の下には「イラスト・びごーじょうじ」と印刷され載ってしまっていた。お互い、紙面を見るまで、全く忘れていた。というテイタラク。

 「子どもにも分かるし、ひらがなも悪くないんじゃない?」と気聾世辰拭新聞記者というのは爐海犬弔鵜瓩箸犖世ぬ瓩箸爛乾泪シ瓩箸犧酳賢瓩箸が得意なようである。ワタシも面倒臭いので「ま、いいか」とそのままに同意した。

 ソレ以来、ワタシはずっと「びごーじょうじ」です。

【参考】
  中学校の社会科教科書でお馴染みのフランス人画家・風刺漫画家
 ジョルジュ=ビゴー(1860〜1927)。ちなみに・・・ご本家のジョル
 ジュ=ビゴーが日本で描いた風刺画や素描など作品には「美好」とサ
 インされている。

爐咾粥爾犬腓Δ賢瓩箸いμ樵亜 蔽罅

  • 2007.03.23 Friday
  • 23:21
 亀者が来てから、読売新聞紙上に載せる絵は大きく変化していきます。それまでは、あまりアクが強くないといいますか挿絵的なサラリとしたモノが中心でしたが、その頃から亀者が持ち込んでくるのは地方選挙・地方自治課題・政治問題・・・等々を取り扱った企画モノが多く、風刺色の強い世相漫画のようなモノが中心となっていきました。

 で、ある年の地方選挙特集の短期連載で、ワタシの住む市も含めた行政問題をチョッとエグるような内容になりまして(今思えばそんなに大したコトもなかったなぁ)、で、ワタシの名前(本名)の姓というのが、このアタリでは、ま、何といいますか、それほどよくある名ではなく、大体ウチの親戚縁者関係にほぼ限られ、地元では即お里がバレると申しましょうか、地元では少なからず名が知れていると申しましょうか、あまり、そのぉ〜、政治的に右左を問わずゴリゴリすると、「アイツんトコは何?そういう系に偏っているワケ?」というような・・・なんせ、田舎というのは狭いワケで、グルグル巡り巡って、社会的に人間関係に良くない影響が出ると申しましょうか・・・ああ〜、何か、このブログ始まって以来最も歯切れの悪いコトになっとります。 ん〜分かってぇ〜!村社会のオキテ。

 そういう事情がありまして(て、分かってもらえましたかねぇ、ビミョーなニュアンス)、そのアタリの雰囲気をパシッと理解した亀者(彼は北海道の出身で、ここら辺とは無関係なのですが、ミョーにというかさすが新聞記者というか勘ドコロが鋭く、この市この街のニオイみたいなモノを分かっていて)は「今後、地元も含め、娑婆に向かって好き勝手言いたい描きたい書きたいのなら、この苗字はやめたほうがいいね。うん。そんなコトで腕が縮むのなら正体は隠したほうがいい。」とノタマッタ。
 コレにはワタシも深くナットクし、初めて本気でペンネームちゅうモンを考えようと考えた。

 (上)(下)二回で完結すると思っていたのですが、チョッとノッてきたので、今回を(中)にして、(上)(中)(下)の三連載にします。

 と、いうワケで、また明日。

爐咾粥爾犬腓Δ賢瓩箸いμ樵亜 幣紂

  • 2007.03.22 Thursday
  • 22:20
 読売新聞ローカル面の仕事はここ十年ほど単発・シリーズ連載といろいろ繰り返しており、現在も『まんが週評』というコーナーを担当しております。ホームページ(プロフィール/ギャラリー)を覗いてもらえれば、そのうちのいくつかは見てもらえます。

 十年ほど前のハナシ・・・。当時は単発シリーズとか挿絵のようなモノを多く描いており、その頃担当していたのが支局長の亀者であります。彼とは年齢が近かったコトもありミョーにウマが合ったというのか、よく我が家に入り浸っておりまして、公私共に現在も付き合いは続いております。ま、ヘンなヤツです。奥様は若くて美人です。クッソー。分不相応な。

 さて、ハナシは亀者と出逢うさらに1〜2年前に遡ります。当時、ワタシは雑誌とかにもチョロチョロとエエカゲンな絵を描いていたのですが、名前は本名の「○○宏」を使っておりました。あまりそういうコトに頓着ないと言いますか、何でもええんです。
 ところがある日、家内の知り合いで姓名判断とかする人がいて、ペンネームを付けるというハナシが彼女たちの中で盛り上がった、と。ワタシは自分で芸名・源氏名…考えたコトもなかったのですが、そんなモンが付くとなったらなったで、チョッとココロはザワメクわけです。山田太郎(古っ)とか勝新太郎(古っ)とかイカニモという感じで、本名とは全くかけ離れたモノを期待しておりました。

 が、彼女の下した名は「○○禎士」というモノでした。姓の○○は悪くないのでそのまま本名を使用し、名は「禎士」と書いて「じょうじ」と呼ぶそうです。何がナンダカ知りませんが、あまり大きく革命的に変化はしないまま、ワタシの名前は、ひとまず「○○禎士」となりました。

 「○○禎士」はこの世に2〜3年は存在したでしょうか。
 そして・・・亀者がワタシの住む街に読売新聞の支局長としてやってきたワケです。
 ・・・・・
 全てを書くには長すぎるので、続き(下)は明日また。

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